今日はいよいよ京都を後にする日。
そしてそれは同時に、姫との関係が変わらざるをえない日が来たことを意味する。

今までは、お互いそばにることがあまりに当たり前のことになってしまっていたので、これからは離れ離れになるということが、頭ではわかっていても、そこには実感がまったく伴ってこなかった。
だから、いざこの日が来ても、まったく普通の1日と変わらぬように感じていた。
それは姫にしても同じだったようで、ふたりで、
「ぜんぜん実感わかないねー」
なんて言いあっていた。

その状態は京都駅に着いて、一緒にお昼を食べるにあたっても変わらなかった。
姫はしきりに、
「悲しみを感じる感覚が麻痺しているのかもしれない」
なんて言っていたけど、まったく同感だった。

そして切符を買い、新幹線乗り場のほうに向かう。
しだいに口数が減るふたり。
エスカレーターをおり、いよいよ改札口に到着する。
立ち止まる姫。


そして「それ」はいきなりやってきた。


ボクに抱きつき動かない姫。
顔を上げるともうその顔は涙でくしゃくしゃだ。
その顔を見た途端、ボクの中で「それ」をおしとどめていた、堤防のようなものが一気に崩れ去る。
そして次の瞬間には、「それ」はもう、まるで氾濫した濁流のような、理不尽なまでの勢いで、ボクの全身を飲み込み、覆いつくしていく。
グニャリと歪む視界。
切符をとりだし自動改札に向かう姫。
ボクの中では「それ」が渦巻き、すべてを飲み込んでいく。
ますます歪む視界。
何度も振り返りながら、やがてエスカレーターに乗り込む姫。
追いかけたいけど、実際には何もできず、ぼやけた視界で次第に消えていく姿を追い続けるしかないボク。
最後にお互い手を上げ、無理につくった笑顔をかわすふたり…

そしてふたりは新たな道を進むことになった。


取り残されたボクは、姫が行ってしまってからも涙は止めることができなかった。
電車に乗り、ボクも帰路についたけど、電車に乗ってもまだ泣き続けていた。
だいの大人がひとり電車で泣き続けているというのは相当奇妙だっただろう。
実際2、3人の人はどこか心配そうに、でもどこか興味ありげにボクのことをちらちらと見ていたけど、周りのほとんどの乗客はボクなどまったく気にしないでいるようだった。
でも、その時はその無関心さのおかげで逆に救われた部分もある。

駅につくころには、依然自分自身の感情を捕らえきれてはいなかったけど、なんとか「堤防」は応急処置を終え、「それ」をなんとか押しとどめておけるくらいには、回復していた。
「それ」の激流におし流され、ボクの心の中はぼろぼろで悲惨な状態だったけど、それを前にただ呆然と立ち尽くしているわけにはいかない。
古いものが壊れてしまったのなら、新しくよりよいものをつくりなおせばいい。
そう、これは別れじゃなくて、お互いの新たな門出なんだ!
自分をそう奮い立たせ、ひとつ思いきり鼻をかみ、ボクは開いたドアへと向かう。
そして涙をぬぐい、胸をはって、群衆の中を大またに歩いていく。